心の病と性格の自己診断
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1・自らを犠牲にして他人を助けたり、世話したりする
自分が他人にとって必要になっており、ありがたがられる、などの報酬を無意識に期待している。目先の愛情にとらわれて他人の世話をするが、大きな目で見ると他人や自分を破滅に導いていることに気がつかない(例・不良息子や飲んだくれ亭主に必死に働いてお金をあげたり、本人達の不始末を代わりに謝る)
2・他人の行動、感情、考え方・状況・結果を変えようとコントロールする
他人の行動の責任はとるが、自分の行動がどのような結果を招いているかは考えない。他人の文句を言ったり、他人がどうするべきかを考えてそうなるよう努力はするが、自分がどうすれば本当は良いかを考えない。
3・何か身の回りに問題や危機が起こっていないと空虚になる
問題のある人や場所に惹かれやすく、不安定な生活を送りやすい。いざ安定した自分中心の生活と不安定な他人中心の生活の選択をせまられると、「私がいないとあの人は……」「金銭的に無理」などといろいろ理由を並べて熱中できる問題がたくさんたる生活を選ぶ。
4・依存心が強く、一人でやっていけるという自信がない
自尊心・自己評価が低く、自分自身が好きではない。一人で過ごしているとひどい虚無感に襲われて、自分を必要としてくれる人を常にもとめ、「見捨てられる危機感」を振り切れない。
5・考え方、視野がせまい。社会・地域・自然などへの関心・貢献が薄い
特定の他人の問題で頭がいっぱいで、友人からも離れ、小さく狭い世界で生活する。このため、自分と自分の周囲の狭い範囲の人達が、どんな悲惨な状況なのか気がつかない。
6・現実をしっかり見つめようとしない
他人の目や意見を気にして、あるいは自分の本当の気持ちをごまかすために、真実を隠して表面は何でもないように振舞う。悪い面をできるだけ小さく考えようとしてそう表現する。
7・「No」と言えない。「私」を中心に話せない
コミュニケーションの技術に欠け、「自分の」必要なもの、欲しいものをはっきり要求することができない。「いいえ、できません」とはっきり断わることができない。他人の問題や他人の愚痴ばかり話し、「私は」こう感じてこう考えるというように自分自身を主にできない。
8・他人とのバウンダリー(境界)がはっきりしていない
他人の問題にお節介にも入り込んでしまったり、他人の落ち込むのを見ると、自分も滅入ってしまったり、または人の気分を変えようと必死になったりする。自分と他人は考え方も感じ方も感情も違う個別の人間であるという自覚が、実はない。
9・自分の身体から出るメッセージに気がつかない。感情の適切な表現ができない
繊細な感情がマヒしてしまっているので、感情の適切な表現ができずに、何だか変だなと思うときに胸がドキドキしても、それに注目せず無視してしまい、行動を変えることなく同じ間違いを何度も繰り返したりする。
10・怒りに問題がある
自分よりも他人のために行動しているのに報われないとなると、怒りや恨みがたまってくるのは当たり前のことだが、自分自身でその怒りを否定するために適切な怒りの表現ができない。急に爆発させたり、八つ当たりしたり、あるいは怒りを「恐怖」にすりかえて怒りを感じないようにする。
11・静かに時を待つ、ということを知らない
今すぐ良い結果が出ないと気がすまず、せかせか動き回ったり余計な心配に気をもむ。他人の行動を長い目で見守ることができず、自分が今すぐコントロールしようとする。しなければならないことで頭がいっぱいになり、様子をみるということができない。
12・罪の意識によくおそわれる
相手に問題があるのは、自分が何か悪い事をしたかのように思い込み、自分がもう少し努力すれば、また自分の欠点を直せば相手が良くなるだろう、変わるだろうと必死になる。疲れて相手から離れようと考えると「私がいなければあの人は」「子どもがかわいそうだ」とひどい罪の意識に囚われる。
13・物事が極端。ほどほどに、ができない
黒か白かがはっきりしすぎたり、自分が正しくて他人がまったく間違っているとか、または反対に全部自分のせいだと思い込んでしまう。いったん何かをやりだすと限度を知らず、または物事を1つも完成させることができずに、途中ですべて投げ出してしまう。
14・過去の間違いから学ぶことができない
相手が問題を起こすと憤慨し嘆くが、少し調子がいいと苦しかったことを忘れて相手を「可哀想な人だから」と弁護したり本当はとても良い人だと思ってすぐ許してしまう。離れたり調子が良いときは楽しいことばかり思いだし、苦い経験を忘れてしまうのでふたたび同じ過ちを繰り返す。
15・被害者意識にとりつかれている
相手を救おうとあがき、上手くいかないと相手を責める。それもうまくいかないと、相手のせいで自分はこんなにみじめだと被害者意識にとりつかれる。被害者の役割を演じ、相手のせいにしていれば自分の選択と行動の結果の責任を取らなくていいという錯覚に陥る。
16・自己の確立ができていない
自分に自信がないので他人に幸せにしてもらおうと思っていたり、自分の人生の目的や自分はいったい誰なのかがはっきりせず、自分を大切にできない。すべての共依存の問題は、ここから始まっていると思われる。
* 下線は、私にあてはまるなと思われるところです。
他に
http://rules.s10.xrea.com/rules/co_dependency.html
http://web.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~nabeyama/works/syuron0.htm
http://dissociation.xrea.jp/disorder/trauma/ac-siheki03.html
http://www.family21.jp/test/scale.cgi
http://home.press.ne.jp/~unagi/content/co_dependancy.html
http://www.meiroh.com/shokuin/report/higuchi/higuchi_02_02.html
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共依存とは、人間関係そのものに依存するというアディクション(嗜癖・依存症)です。
共依存の人は、自分自身を大切にしたり自分自身の問題に向き合うよりも、身近な他人(配偶者、親族、恋人、友人)の問題ばかりに気を向けてその問題の後始末に夢中になります。身近な人の取らなかった責任を一生懸命代わりにとり、結果、現在の困った状況を身近な他人本人が決意して解決する必要を与えず、困った状況をそのまま続けるはめになる……あるいはますます困った状況に陥っていく人達のことです。
身近な他人は大きな問題 アルコール依存症やギャンブル依存症、非行や暴力、買い物中毒、仕事中毒、絶えない人間関係のトラブルなどを抱えているため、共依存症の人の「共依存」という問題がクローズ・アップされることは滅多にありません。
けれども、そういった見た目に派手な依存症や問題を抱えている人達の側にかならずといっていいほどいると言われています。共依存の人達が問題の後始末を一生懸命してくれるので、「困った人達本人」は「困った状況」が「なんだかんだ言ってもなんとかなる」と無意識で感じています。このため問題を解決せずにほったらかしにし、悪化させます。この現象を指して共依存者のことを「依存症の支え手(イネイブラー)」と呼ぶこともあります。
ここで誤解しないでいただきたいのは、身近な誰かが何かの依存症にはまっているのは、その本人に問題があるからです。問題のない人は、依存症にはまりません。共依存症者と他の依存症者が一緒にいると、2人とも依存症がエスカレートしやすくなりますが、共依存症者が側にいなくても、他の依存症者は依存症にハマっています。「私が共依存症だから、相手がパチンコ依存症なんじゃないか」というのはハッキリと間違いです。
共依存症者が側にいなければ、他の依存症者のエスカレートはゆるやかになるケースが多いと言われています。それと同じように、他の依存症者が側にいなければ、共依存症者のエスカレートもゆるやかになります。
立場は同等であり、とちらにも同じように問題があります。どちらが悪いという話しではないことをご理解下さい。http://trauma.or.tv/1kouisho/6.html より~
他に↓
http://www.h2.dion.ne.jp/~sheila/word/word-8.html
共依存度チェックリスト
http://trauma.or.tv/1checklist/c-2.html
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大人のための依存法 和田秀樹 光文社 1200円 より ~
・ 結局は、社会的に法外な依存であるかどうかだけでなく、相手の主観にとって法外な依存かどうかも、依存が妥当なものかを決定する重要な要素となる。だとすると、やはりここでも相手の心理的ニーズが読めることが必要となる。つまり、成熟した依存のいずれの条件においても、相手の心理的ニーズを読めることが大切な条件となるわけだ。
・ EQ理論( https://www.okajob.com/ssl/htdocs/EQ/top07.html )における共感能力にはいくつか条件がつけられている。 一つは、共感ができるためには、自己認識ができないといけないということだ。自分の感情状態もわからないような人には、他人の感情などわかるはずはない。あるいは、自分の感情についても混乱しているような人は、他人から感情を打ち明けられてもうろ意たえるだけだというわけである。もちろん、コフートのいう共感にしても、相手の立場に身を置いてみて、自分の心を使って相手の気持ちを想像するわけだが、たとえば、病的に疑い深い人が想像すれば、相手もこの立場にいれば、自分を疑っているに違いないなどと思ってしまうなど、かえって共感的な観察をしないほうがいいこともあるだろう。自分がどんな感情でいるのか、自分がどんなものの見方をしているのかがよくわかっていないのなら、共感はおぼつかないのはもっともなことである。 もう一つは、非言語コミュニケーションを読み取る能力が必要だということだ。人間の感情というものは、ことばよりことば以外のしぐさや表情で表現されることのほうがはるかに多い。他人の気持ちを感じ取るカギは、声の調子、身振り、顔つきなどことば以外の伝達手段をどう読み取るかが重要なポイントとなる。自分の子どもを失った親のお葬式の挨拶などを想像すれば、これがよくわかる。ことばのうえでは、冷静な参列者へのお礼のかたちをとるだろうが、その表情や手つきをよく見ていたり、声の調子などに着目すれば、その悲しみが、ことばとは比べものにならないくらい悲痛なかたちで伝わってくるはずだ。
・ みんな仲良くしなければいけないとなると、甘えられない。だから自分からは本音を出さず、ネアカを演じるであれ、いい子を演じるであれ、もちろん聡い子はそのなかでも人の気持ちを読むが、一般論から言えばみんなに合わせるのに汲々としてしまう。しかし表面的には、みんな仲良しということになる。意識的であろうが、無意識であろうが、表面的にみんな仲良しであることに疲れた時に何が起こるかといえば、不登校というかたちでみんな仲良しの輪からおりるか、一人の人間をいじめて残りの人間が仲がいいかのようなかたちで、もっと目に見えるかたちの仲良し感を持とうとする。 そうすれば、残りの人間、いじめられていない人間は、みんな仲良しという幻想に浸れるのだ。「みんな仲良し」を強制する社会というのはある種の甘えの否定であり、つまり日本の「甘え」文化の否定であり、さまざまな心理的な混乱を多くの人にもたらすことにつながるだろう。ここで本人に甘える能力があって、仲間はずれにされた時にも一人の親友がいれば、親友と甘えあって、二人でとぼとぼと家に帰ることができる。
・ 苦しい時に愚痴をこぼせる親密な関係性のある友人、あるいは泣きつける相手がいるというだけでまったく違ってくるし、楽になれるはずである。
・ ここに依存の「成熟」、甘えの「成熟」の意味がある。大学の教授だから、官僚だからといって、一旦なってしまえば業績と関係なしに、出世できたり、高い社会的地位が保証されるというのであれば、これは成熟した依存ではなく、未熟な甘えである。もう一つ言いたいのは、この成熟した依存というのは、本人の能力や社会的地位と相対的なもので、身障者うや高齢者が福祉の世話になることは未熟な依存でも何でもないが、知的機能も肉体的機能も満足な人間がろくに勉強しないで福祉に頼ろうとするなら、これはまさに未熟な依存である。 (略) 自分の地位や能力によって、成熟した依存が意味するもののスタンダードは違ってくるのである。
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すますての80年代邦楽ニューミュージックベスト20を見ていて、思い出してしまいました。ので、書いてみました(^^;
1980年中2 - 身体能力最高潮!理解していただける方には解っていただけると思うのですが、ジャンプをしたとき、最高到達地点よりも、まだ上にいけるというか、滞空時間を伸ばせると思えるというか、腕力は無かったのであれなんですが、テレビ番組のサスケ、出たかったです。その当時あればね(^^;当時のマイブームは、よっちゃん。ジャニーズへの目覚めです。この頃にはすでに、私はきちがいであほでブスでデブで、自分のことを理解してくれる人なんていないから、誰にも好意を持ってもらえないし、死にたいし、人の気持ちなんて信用できないし、社会人常識人として社会に適応できない、というか、してやるもんか、ぐれてやる、地球なんてなくなってしまえ!・・・と、思っておりました。一つ上のテニス部のほかの学校の方々と、仲良くさせていただいておりました。
1981年中3 - いつのまにか、受験する高校が決まってました。卒業したのは82年なんですが・・卒業近くなったある日、当時好きだった人に、アリスの秋止符を歌っていただき、二人で逃げようか、、、、、、そうそう、マラソン大会で同じ19位だったのも、覚えてはるかな~(#^^#)
1982年高1 ー やるきゼロでした。。。水泳部の先輩に、部室で、二人きりで、向かい合い、あごに手を添えられ、、、、、、、二重あごですかと明るく言ったのは、私です。そういえば、中三のとき、祭りの夜、たくさんの友達と境内を歩いてた時に、先輩に腕をつかまれ、みんなの輪の中から引っ張り出され、神社の隅へ、、、、、そして、そこで、私は、みんなとはぐれたら帰り一人になるやんかー!と、走ってみんなのところえ。。。。。。えー、好意を持っていただけるなんて思ってないので、思い上がりかもしれませんが、「好き」「セックスしたい」、はっきりおっしゃってくださいませ。お願いします。
1983年高2 - ライオンズクラブの行事で、夏休みの6週間、アメリカカリフォルニアへホームステイ。そこで、世界は広い。木村家だけが、野村町だけが、世界じゃない。私は私であっても、困らない人もいる、固定観念の悲しさと、こだわりのくだらなさを思い知りました。
1984年高3 - 初体験。。。。。言えません。イヴ、素敵な、心から楽しい思い出が欲しいです。生徒会の副会長をしておりました。会長やられていた方とは、マイミクです(^^)口では言えない、理不尽さを味わった仲です。
1985年 - 卒業~。進学も就職も、させていただけませんでした。どういう気持ちだったのか、私が、想像できますでしょうか。いつのまにか、近くの工場で、アルバイトに行く事になっておりました。車も、買い与えられたものです。悔しかったので、バイト代から、お金、払いました。しっかり、払いました!意見を言えなかった私が悪いですか。そう思う人がいたら、あなたが死んでください!
1986年 ー 別の、ホテルのフロントにアルバイト決まってました。家に、軟禁されてました。本気で、死のうと思いました。母親に、話そうと、思い切って、話しかけたのですが、私の気持ちも解ってくれと言われました。父親の実家にも行き、おばあちゃんに話そうとしましたが、悪口を言いにきょったといわれました。私は、生きていたらいけないんだ、と、思いました。でも、死にきれませんでした。。根性なしでした。。
1987年 - 親から、ありとあらゆる嫌がらせを受けましたが、結婚、しました。私は、孤児。誰にも、頼らない、頼れない。血縁はない。覚悟、とは、こういうもんです。
1988年 - 妊娠
1989年 - 出産。生まれたときは、座布団の中に納まってたのに、今では、家にも入りきりません(^^)
その後は、かいつまんで
1991年 ー 神奈川県藤沢市に一年間滞在。その時に、近くの図書館で本を借りまくり、読みまくった。
1992年 - 息子様保育園へ。女性センター、不登校の会など関わりを始める。
1996年 - 子どもの権利条約などの活動を知る。
2000年末 - 東京へ引越し。
2003年 - 心身壊れてることに気づく。
現在に至る ~
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