「思いやり」の心理
自分が大きくなる人間関係の方法 加藤諦三 大和出版 980円 より~
・ 不幸な人というのは、自分を不幸にするような考え方に執着し、自分を不幸にする人に固執していく。自分を不幸にするためにエネルギーを使う。
・ 自我の確立していない人ほど、他人の欠点を見つけては辛らつに批判する。面と向かって口ではほめるけど、他人のあらを探して、陰で悪口をいうことに喜びを感じる。
・ あなたを大切にする人というのは、あなたがあなたであることを望む人たちである。
・ 人前では言葉の上で他人を軽蔑するようなことはしない。しかし、ふっと緊張がとれるような状況におかれると、やはりその言動には他人への軽蔑がある。 その人の底にある、そんな軽蔑を人間は感じとってしまうことがある。ことに弱い人間には、そのように感じる能力が鋭敏であったりする。強い人間には、そのようなことは弱い人間にくらべて少ないであろう。弱い人間は他人からの軽蔑を恐れているから、その点については敏感なのであろう。 うそのやさしさには、やはり要求がましさがある。英語でいうdemandingなのである。どんなに相手を思いやっているような言動をしても、その人の心の底には相手への要求がある。自分のやさしさに対する見返りを求めていたり、相手にこうしてくれ、自分をこう見てくれ、自分をこう扱ってくれという要求がある。しかも、しれがかなり幼稚な願望にもとづいて要求である。そんな要求を、弱い人間はやはり鋭敏に感じとる。 要するに、ストレスを感じる方も、ストレスを与える方も、幼稚なこころを心の中に多く残しているのであろう。
・ 相手の言動一つ一つが自分の思うようにならないと怒り出す。つまり相手の言動一つ一つが自分の心の底の満たされなぬ愛情要求にかなうものでないと怒り出す。 よく箸の上げ下ろしにまでうるさいということをいう。それは相手の箸の上げ下ろしまでが、自分の満たされぬ愛情要求にかなうものであることを求めているのである。小さな子が食卓に出される食べ物の些細な並び方一つで怒り出し、「もう食べない」などと言い出す。それも母親への満たされぬ愛情要求から、難くせをつけているのである。 それと同じ事が大人の人間関係にだってある。ただ大人は4歳の女の子と同じようなことはいえない。そこで正義をもち出してくる。「友情がない」とか「冷たい人間だ」とか「君は利己主義だ」とか、いろいろと主張してくる。人間としてあるべき姿をもち出して相手を責める。しかし、それはすべて責めている人間の心の底にある満たされぬ愛情要求から出てきていることなのである。
・ 彼自身がつねに他人に何かを求めているのである。経済的利益とか名誉とか快楽とか。だから、他人も自分にそれらを求めていると感じてしまうのである。彼自身、他人とのつきあいそのものを楽しめないから、他人が自分とのつきあいを楽しむとは想像できないのである。 愛とは不安のない状態であるということは、同時に「なぜ?」という問いに意味がないということでもある。愛の世界とは「なぜ?」という問いのある世界より、もちと根本的な世界である。「私はあなたを愛するから愛するのです」 - これは、人を愛するのには理由などいらないということであろう。 人間が人間として存立できるかできないかという根本的なところにあるのが、愛なのである。愛は人間を人間たらしめるものである。愛とは体験するものであって、その内容を説明するものではない。 自己評価の低いということは、その愛の体験がないことを示しているのである。うつ病の病前性格者が、もし愛を体験するならば、内面の不安は解消し、その性格も大きく変わるであろう。その時はじめてその人らしい性格になる。それまでの性格は、何度もいうように、内面の不安を避けようとする努力の結果として生まれてきたもので、その人の本質が表現されたものではない。あくまでも内面の不安に対する防衛なのである。
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